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2022年4月から高校の授業で「精神疾患」が教えられることになった。精神科医の水野雅文医師(東京都立松沢病院院長)は、生徒だけでなく、その保護者や教師にも理解を深めてもらいたいと、書籍『心の病気にかかる子どもたち』(朝日新聞出版)を今月出版した。教育評論家の尾木直樹氏は、かつて水野医師に助言したという縁があり、書籍出版を機に対談。コロナで問題視される子どもの「心の病気」について語り合った。
――お二人は、2014年に一度お会いになっているそうですね。
水野 はい、日本精神保健・予防学会という専門家の集まりがあり、2014年の学会で尾木先生に講演に来ていただいたときにお会いしています。尾木 そうそう、早稲田大学の大隈記念講堂で初めてお目にかかりましたね。
水野 そのときに尾木先生から貴重なアドバイスをいただいたので、大変ありがたく思っていました。その学会では精神疾患における早期発見や早期支援の重要性などを主要なテーマとして研究していますが、日本では精神疾患にかかってから医療機関につながるまでの期間がとても長く、それを改善するにはどうしたらいいかということを話し合っていたのです。精神疾患は若い世代で多く発症するのに、そもそも日本では学校で習っていないから、受診につながらないということを尾木先生にお伝えしたところ、「それはぜひ日本でも教えたほうがいい。日本でいま全然教えてないんだったら、学習指導要領に入れることで蛇口をひねるように、一気に全国の学校に届けられる」と、そのようなアドバイスをいただきました。
尾木 その通りなんです。教科書は学習指導要領をもとに作られますので、学習指導要領に盛り込まれると教科書にも載るんです。つまり、学習指導要領に載せることができれば、自動的に授業を通じて全国の生徒に届けられるというシステムなので、10年に一度の学習指導要領の改訂に合わせて、精神疾患について盛り込めればいいなと思ってお伝えしたんです。
水野 はい。私も当時、学習指導要領という言葉は知っていましたが、そのようなシステムとは知りませんでした。学会の先生方も受け入れてくれる学校に、出前授業という形で一コマだけ教えに行ったりして、いろいろ活動していたのですが、個々に活動していてもうまく広がっていかないなと感じだしていたところだったんです。その後は尾木先生のアドバイスを頭の片隅に入れながら、学会などでも要望を出して、とんとん拍子に進みまして、今般の改訂で高等学校保健体育の学習指導要領に入ることになりました。今年の4月から高校1年生の保健体育の授業で「精神疾患の予防と回復」という単元を教えることになります。
尾木 それはすごい進展ですね。学校で「心の病気」について子どもたちに直接教えられるようになれば、精神疾患についての正しい知識が身につきますし、精神疾患に対する偏見や多様性についても考えるきっかけになるのではないかと思います。「なにかあの子、最近様子が変だな」と、気になったときに、「もしかしたら、心の病気で悩んでいるのかもしれないな」と気づけるようになるかもしれないし、逆に、精神疾患について知らなければいじめの対象にもなりかねません。水野 いじめは本当に深刻な問題ですね。いじめはそのときだけの問題ではなく、その後も精神疾患の発症に関わったり、もっと長い目で見るとトラウマになったり、人生の中で重い課題になっていくということが海外も含めてたくさんの研究報告が出てきています。
尾木 毎日毎日いじめられていたら、心を病むのは当然です。このコロナ禍では生きるのがしんどい子も急増していて、2020年の小中高生の自殺者は499人で、大学生、専修学校生まで入れると1039人と前年に比べて大きく増加しているんです。本当に深刻な事態です。水野 子どもが減っていく中で、自殺が増えているというのは、深刻なことですね。
尾木 国立成育医療研究センターが2020年11~12月、小中高校生(715人)にアンケート調査したところ、中等度以上のうつ症状が、小学4~6年の15%、中学生の24%、高校生30%にあったというんです。高校生が多いんですが、中学生も24%と多いんです。
尾木 コロナで20年3月から最長3カ月にも及ぶ一斉休校になりましたが、学校が再開した後、授業時間を増やすために、たとえば朝読書の15分を削るとか、昼休みを15分削るとか、現場はそういう状況に陥りました。また、運動会や文化祭、修学旅行といったさまざまな行事が延期または中止になり、そういう日常生活が失われたなかで心を病んでしまう子が増えてきています。また、オンライン学習になり、親が「うちの子が落ちこぼれてしまっては大変」と焦って子どもに教え始めた。その結果、学校だけでなく家までもが“学校化”してしまい、親子関係が崩れてしまったケースもあります。子どもたちは居場所を見つけられず、ストレスも発散できず、本当につらい思いをしていると思うんです。
水野 コロナの件は、子どもの成長も遅らせますけれど、自立も遅らせますよね。居場所がなくなってしまうというのは、つらいでしょうね。尾木 今回の水野先生の本を読んで、精神疾患は早期発見、早期治療が大事なんだと改めて感じました。だとしたら、高校だけではなく、中学校の学習指導要領にも早急に載せてほしいですね。海外の研究では精神疾患を持つ人の半数が10代のうちに発症しているそうですから、義務教育段階から精神疾患についてきちんと教えていかないと。
水野 そうなんです。私たちもまず高校で教えて、次の学習指導要領の改訂では「ぜひ中学校にも」と、話をしています。そのためにはエビデンスが必要なので、教育すると行動面でも変わってくるということを実証していきたいと考えて、研究をはじめています。授業だけではなく、学校の健康診断に、心の健康診断、メンタルチェックを入れてはどうだろうかとも考えています。尾木 メンタルチェックの導入は大賛成です。特にコロナ禍では、一刻も早く学校でメンタルチェックをしたほうがいいと思います。
――水野先生の書籍『心の病気にかかる子どもたち』は読者にどんなことを届けられそうでしょうか。
尾木 今回の水野先生の御本は僕自身も知っているようで知らないことが多く、学ぶことばかりでした。構成がわかりやすくて、イラストもふんだんに掲載されていて、子どもでも読みやすいと思います。特に、1章の心の病気に関する七つの「思い込み」は大事なポイントがまとめてあって、ここだけでもいいから保護者や学校の先生たちにぜひ読んでほしいと思いました。
水野 ありがとうございます。評価をいただき、大変光栄です。教科書だけですと、授業の開始に間に合った学年の子はいいですけれど、その上の高校2年生には届きません。子どもたちだけでなく、親御さんにも精神疾患のことを知ってもらいたいと思います。そういう目的から、一般の人にも読んでいただけるものが必要だと思い、この書籍を書きました。
尾木 精神疾患について、これまでこんなにわかりやすく丁寧に書かれた本はなかったのではないでしょうか。従来のこういった心の病気の本は、文字ばかりで心が重くなるような、専門的な内容が多かったように思いますが、これは読み終わると心がパッと明るくなるんです。僕の経験上、「心の病気」で悩んでいる子どもや保護者は多いですが、精神科の受診にはなかなかつながりません。特にコロナ禍の今だからこそ、多くの方に読んでほしいですし、僕も自信を持って推薦したいと思います。――あらためて、2022年度から高校保健体育の教科書に「精神疾患」が入ることで期待することをお聞かせください。
尾木 いじめ問題に関わっていると、他者への共感が欠落している子が多くなってきている印象です。そういう子がいじめの加害者になってしまう。海外では、いじめるほうに問題があると考え、カウンセリングや精神科の受診をすすめることもあるそうです。精神疾患について正しい知識を身につけることで、多様性を認め、他者に対する共感が育ってくれば、クラスの雰囲気が優しくなりますし、学校全体もよくなっていくと思います。そういう点では、学校で精神疾患を教えるということは、すごく大きな転機になるような気がしています。さらに、先生たちも「ひょっとしたら、心の病気じゃないかな」「精神科の受診をすすめてみようかな」というふうに、より一層子どもの理解が深まって、早期発見、早期治療につながるのではないかなと思います。水野 それはすごく大事ですね。私が期待することは、授業を通してメンタルヘルスに関心が広がって、軽症の精神疾患でも「誰でもなるさ」では済まさずに、「専門家に相談してみよう」という行動へのテンポが速くなることです。精神疾患の予防という意味では、こうした変化が起きることが期待されます。また、日本は精神科の病床が多い国で、精神病床が世界で一番多いとされています。病院を退院した人たちが地域に戻ったとき、社会として優しく迎えられることがとても大事です。授業をきっかけに、社会としてどうあるべきかを考えてもらえたらと思っています。
参照: https://dot.asahi.com/dot/2022011500006.html?page=1
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