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シカゴでワインショップを経営する41歳のセス・ウィルソンは、子供時代から鬱病に悩まされ、幻覚作用を持つケタミンを用いたセラピーを受けることにした。偶然にもそのセラピーは、彼の亡くなった母親の77歳の誕生日に行われた。目隠しをしてヘッドフォンを装着した彼は、リクライニングチェアに座り、110ミリグラムのケタミンを注射された。
数秒後、宇宙まで吹き飛ばされた彼は、すぐそばに母親が居るのを感じたという。母親は、彼に死後の世界を見せてくれた。
「私はその時、自分が世界の一部であると感じた。『あなたの誕生は私の誕生であり、私たちは同じなのだ』と母に告げられた」とウィルソンは回想する。
彼によると、この体験は母親の死のトラウマを克服するのに役立ったという。この世には、物理的な世界以上のものがあることに気づいたウィルソンは、不安や鬱状態にうまく対処できるようになったという。
人類は何千年もの間、宗教的な儀式でサイケデリックなドラッグを使用してきた。過去数十年の間に、これらのドラッグは自己啓発のツールや、娯楽目的で使用されるようになったが、その一方で、アメリカ人の宗教離れが進んでいる。
ピュー研究所の世論調査によると、どの宗教にも属さない人々や無神論者、宗教に特に関心がないと回答した人々の割合は、10年前には約18%だったが、2021年には29%に上昇していた。
そんな中、近年は様々な企業や団体が、サイケデリックドラッグをうつ病やPTSDの治療に活用する研究を進めている。トロントを拠点とするサイケデリックセラピーのスタートアップ「サイビン(Cybin)」は、過去20年間にわたり、マジック・マッシュルームに含まれる物質のサイロシビンやMDMAなどの臨床試験を行ってきた。
同社の最高臨床責任者のアレックス・ベルサーは、幻覚剤がうつ病や不安症などの症状を軽減する理由として、これらのドラッグが神秘的な体験を引き出すことを挙げている。エール大学の心理学者でもある彼は、臨床試験で幻覚剤の効果を測定するために、被験者に30問のアンケート調査を行っている。
ただし、ベルザーによると幻覚剤の作用はまだ「ブラックボックス」であり、決定的な結論は出せていないという。
ピーター・ティールの支援企業も参入
一方で、ナスダックに上場するドイツのバイオ医薬品企業「アタイ・ライフ・サイエンシーズ」の共同創業者でCEOのフロリアン・ブランド(Florian Brand)は、幻覚剤がもたらす神秘的な体験がメンタルヘルスの改善に何らかのメリットをもたらすと述べている。
ピーター・ティールの支援を受けるアタイは、幻覚剤を用いたセラピーを開発中の英国企業Compass Pathwaysの最大の出資元でもある。Compass Pathwaysは、サイロシビンを用いた特許取得済みの薬剤を、うつ病の治療に役立てようとしている。ブランド自身も、サイケデリックセラピーを受け、神秘的な体験をしたと述べている。
「私は、これまで宗教やスピリチュアルな分野に関心が無かったが、サイロシビンを使ったセラピーを受けた結果、神秘的な世界の存在を実感した」とブランドは述べている。
Compass Pathwaysの共同創業者でCEOのラース・クリスチャン・ワイルド(Lars Christian Wilde)は、神秘的な体験をどのように表現するかは患者によって異なるが、どのような表現であっても、強烈な体験は治療上の良い結果に結びつくと述べている。
「神に出会ったと言う人が居る一方で、自我が幻想であることに気づいたという人も居る。サイロシビンだけでなく、おそらく多くのセロトニン系物質の治療効果に、このような経験が決定的に重要な役割を果たすと考えられる」と彼は話した。
Compass Pathwaysは昨年11月、治療抵抗性うつ病に対するサイロシビン支援療法の、待望の第2b相臨床試験のデータを発表した。この研究で、25mgのサイロシビン単回投与された患者は、プラセボを投与された患者との比較で、抑うつ症状の大幅な軽減が確認され、その効果は数週間に渡り継続した。
■脳をリセットする作用
ワイルドは、今後のさらなる研究が必要だと述べているが、強烈なサイケデリック体験には脳をリセットする作用がある模様だと指摘した。
サイケデリックドラッグがうつ病やPTSDの症状を緩和するのは、5-HT-2A受容体のシグナル伝達に、神経可塑性を与えるからだと考えられている。神経可塑性とは、脳が新しい神経結合を形成するのを助ける作用で、その結果、迅速かつ持続的にポジティブな気分が生み出されると考えられている。
サイロシビンやMDMAを用いた心理療法では、1回の大量投与でうつ病やPTSDの症状がほぼ即時に軽減されるという研究結果が出ており、その効果は数ヶ月続く場合もある。
メンタルヘルス市場の規模は年間約1000億ドル
うつ病の処方薬の売上は世界で年間500億ドル(約5.8兆円)で、メンタルヘルス市場の規模は年間約1000億ドルと言われている。バイオテック分野のアナリストは、サイケデリック支援療法をFDAが承認すれば、数十億ドルの年間売上が創出されると試算している。
サイケデリック研究のパイオニアで、1986年に幻覚剤研究学際協会 (MAPS) を設立したリック・ドブリンは、MDMAを用いたPTSDの治療法を、今後数年以内にFDAに承認させようとしている。
しかし、ドブリンは、少なくともPTSD患者については、神秘的な体験と治療効果に相関関係はないとしている。彼によると、神秘的な体験はうつ病の人には効果があるかもしれないが、この種の体験を評価しすぎることには注意が必要だという。
「神秘的な体験をしなくても良くなる人もいれば、神秘的な体験をしても良くならない人もいる」と彼は話す。
ドブリンは、ドラッグそのものが治療法ではなく、ドラッグが治療効果を高めることを認識することが重要だと述べている。神秘的な体験をすることに過度に依存すると、そもそもセラピーを受けるきっかけとなった問題への対処や解決を避けてしまうことになる。
「意識は虹のスペクトルのようなもので、いろんな色があって、そのすべてが必要なのだ。バイオグラフィーのみに焦点を当てて、精神性を無視してしまうと、不完全なものになってしまうが、その逆に、精神的なものだけに焦点を当てても同様に不完全になってしまう」とドブリンは述べている。
参照: https://news.yahoo.co.jp/articles/1778c0483bbb89d78bd01fb39473f0e2dd1290e8?page=1
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