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世界初、疲労とうつ病の
謎を解き明かした
現代人の健康をおびやかす二大問題「疲労」と「うつ病」。世界の中でも日本人は特に、疲労やストレスによるうつ病患者や自殺者の数がトップクラスに多いという。そのことは、「過労死」という単語が「KAROSHI」としてそのまま英語になっていることからもうかがい知れる。東京慈恵会医科大学ウイルス学講座の近藤一博教授は、この二大問題のメカニズムを世界で初めて解明するという快挙を成し遂げた。
疲労については
・原因物質を発見した
・「疲労感」と「労働や運動による生理的疲労」からなる疲労のメカニズムを解明し、従来「疲労回復効果がある」と思われていた物質のほとんどは「疲労感を軽減させる物質であり、疲労回復効果はない」ことを明らかにした
・疲労を客観的に測る技術を発明した
……というように、従来の常識を覆してしまった。また、うつ病についても
・ほとんど全ての人に潜伏感染している「ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)」の遺伝子「SITH-1(シスワン)」を発見し、これがストレスレジリエンス(ストレスを跳ね返す力)を低下させることで、うつ病を発症させることを見いだした
・「うつ病は心の弱さや性格が原因」という説は間違いであることを明らかにした
・SITH-1を持っている人がうつ病を発症する確率は持っていない人の12.2倍、患者5人中4人はSITH-1を持っていることを明らかにした……など、快進撃中なのである。…
ただ、うつ病の謎を解いた論文は2020年6月、アメリカの権威ある科学誌『iScience(アイサイエンス)』(Cell Press)に掲載され、日本のマスコミも大々的に報じたにもかかわらず、「疲労の新事実」を含めて周知のされ方はいまだに不十分と言わざるを得ない。
ノーベル賞級の大発見!ウイルス研究者が疲労・うつの謎にたどり着いた理由
東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授の近藤一博医師
「うつ病は2030年には世界で最も重要な疾患になると言われています。世界では全年齢層にわたって2億6400万人以上が罹患(りかん)しているという調査結果もあります」(近藤一博教授、以下同)しかも、うつ病は過労死の最大の原因とされている。正しい知識が周知されることは、うつ病の予防法や治療法の開発を促進するのみならず、疲労やストレスが原因とされる多くの病気や諸問題の解消にもつながるものすごく大切なことなのだ。
がん研究から派生した
ノーベル賞級の研究
「もともと高い志を持って医学部に入ったわけではないんです」と笑う近藤教授だが、ウイルスの研究に進んだ背景からは、若者らしい志が見える。「ウイルス学というと感染症の研究を思い浮かべるかもしれませんが、私が学生の頃は、ウイルスの研究と言えばがんのウイルスが主流でしたので、私も大阪大学の微生物研究所で、がんとウイルスの研究から始めました。ウイルスの研究から発がん遺伝子を発見したことで知られる花房秀三郎先生(故人)は、大学院時代の教授である高橋理明・大阪大学名誉教授の兄弟弟子でした」
かつてのウイルス学は、がん研究の中心的な存在だったのだ。
「一方、高橋先生は、ヘルペスウイルスのワクチン作成に世界で唯一成功した功績で知られています。その人のもとで私も『体の中に潜んでいるウイルスが病気を起こす』ということに興味を持ち、体の中に潜んでいるウイルスと言えばヘルペスウイルスだということで、ヘルペスウイルスに着目するようになりました。
そこから疲労の研究に発展したのは、当時『慢性疲労症候群』という病気が注目されるようになり、原因はヘルペスウイルス6だといわれていたことがきっかけです」
がんの研究から疲労の研究への転身は、ごく自然な流れだったようだ。
「ヘルペスウイルスは研究対象としては地味だと捉えられるかもしれませんが、子宮頸(けい)がんなどの発生要因であるヒトパピローマウイルスの(HPV)の発見者であるツアハウゼンも、元々はヘルペスウイルスとがんの研究者でした。ただ当時の定説では、子宮頸がんの原因は単純ヘルペスウイルスだという説が有力でしたが、証明はされませんでした。彼は代わりにパピローマウイルスを研究し、ノーベル賞を取ったのです」
近藤教授の発見もまさにノーベル賞級の研究なのだが、受賞の可能性については存外諦め顔だ。
「発見するのが早すぎました。周囲からもよく、死んでから評価される仕事だと言われます。がん遺伝子を見つけた花房先生も、画期的な発見すぎてノーベル賞を受賞していません。受賞できたのは、その仕事に追随した人たちです。私も生きている間に認められるのは無理でしょう」
死体を見るトラウマが原因?
日本と欧米の認識格差
うつ病と疲労をめぐる認識には、日本と欧米間では格差がある。「アメリカで『あなたは今、疲れていますか』というアンケートを取ったところ、『YES』と答えた人は10%にも満たなかったそうです。日本では、56%が同じ質問に対して『はい』と答えています。
これはアメリカ人のほうが元気だからではありません。おそらく欧米では、疲れをためる前に休むのが当たり前という文化があるからでしょう。我慢して勤勉に働き続けることが美徳とされる日本と違って『働き過ぎて死ぬ』なんていう概念もないので、『過労死』という言葉も存在しない。疲労は日本人の国民病なのです」
ゆえに疲労が深刻な問題になるのは日本ならではの事象であり、近藤教授の快挙も、日本人だからこそ成し得たことといえる。欧米では日本ほど、疲労は重要な問題とは認識されてこなかったからだ。
しかし、うつ病は世界中の人が発症している。欧米人のうつ病は、疲労やストレスとは無関係なのだろうか。
「欧米でもうつ病は深刻な問題になっています。患者数も日本より多いでしょう。ただし、疲労はリスクファクターとは考えられていません。欧米でうつ病になりやすい職業を調べると、教師、弁護士、医師、警察官、軍人、消防士と、日本とほぼ共通する職業が並ぶのですが、これらの仕事の人がうつ病になるのは、『死体を見るトラウマ』だというのが定説です。
原因はストレスによるトラウマ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)で疲労の要素はない。最近の有力な説では、『うつ病の原因は貧困』というのもあります。ちょっと首を傾げざるを得ませんよね。
やはり、社会的に疲労というものの重要性を認識していないから、こういう考え方になるのだと思います」
生存に有利な動物に進化させる
ヘルペスウイルスの恩返し
実は、近藤教授にとってヘルペスウイルスは愛すべき存在でもある。監修・原作を務めたマンガ『うつ病は心の弱さが原因ではない』(河出書房新社)の中で教授は、ネアンデルタール人を絶滅させた現代人の祖先クロマニヨン人について触れ、「ヘルペスウイルスによって生き残りに有利な動物に進化させられたのではないか」と語っている。ウイルスは単に悪さをするだけの存在ではないというのだ。「私には一つの信念があります。それは、体に長期間潜伏しているようなウイルスは、何か人に対して良いことをしないと歴史から抹殺されてしまうという思いです。そこでヘルペスウイルスはどんな良いことをしているのかを考えてみた時に一番思い当たるのは、ストレスを亢進(こうしん)させるという働きでした。
ストレスは悪いことばかりじゃない。クロマニヨン人が現代まで生き延びてこられたのは、ヒトヘルペスウイルス6に感染してSHTH-1を持ったことでストレスが亢進され、不安を解消するために集団生活を営むようになるなどの“進化”がもたらされたおかげ。ですから私は、『SITH-1遺伝子は人類の進化に貢献してきたのではないか』という説を提唱しています」
つまり、宿主である人類に対する“ウイルスの恩返し”だろうか。
「そうですね。人もウイルスもお互いに利益がないと、両者とも滅びるか、ウイルス側が消されてしまうかのいずれかの道をたどります。だとしたら、ヘルペスウイルスがこんなにも長い年月、存在し続けられるはずがないのです。ある意味ヘルペスウイルス6は究極のウイルス。生まれてすぐに感染し、突発性発疹を発症させるものの、それは大した病気じゃない。その後は延々と体のなかに潜伏し続け、大した悪さをしないまま、人と共存する究極のウイルスです。
そんなウイルスがうつ病を引き起こし、ただ悪さをするだけのはずがありません」
なるほど、ヘルペスウイルスは人類との共存戦略を粛々と実践する、賢いウイルスなのかもしれない。
「だから私は、新型コロナウイルスのような感染症のウイルスは嫌いです。しょうもない病気を引き起こして、駆逐されてしまう。まったくウイルスの風上にも置けない(笑)」
ウイルス研究を始めて36年余り。近藤教授は疲労とうつ病に関する研究成果を一般の人に伝えるための手法として、漫画家のにしかわたく氏とタッグを組んで2冊のコミック本を出版した。ノーベル賞級の学者にしてはかなりユニークな試みだ。
「マンガを選んだ理由は二つあります。私はマンガしか読まないので、本を出すなら当然マンガだろうと。さらに二つ目として、皆に説明するならマンガがいいだろうと思いました。自分がそうだからです」
太古から続く人類とヘルペスウイルスの関係は、近藤教授の研究によって壮大なロマンの様相を呈して私たちを引きつける。そこには、人類と自然界が共存共栄していくヒントまでも潜んでいるような気がしてくるのだ。
参照: https://www.oricon.co.jp/article/1758824
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